クロクシヒゲボタルの雄成虫 
記載前に採集されていた本種標本
(田中馨氏採,山口県立博物館収蔵)

 クロクシヒゲボタル Cyphonocerus watarii は、福岡県宗像市城山で採集された雄個体に基づいて1991年記載された種です(Sato, 1991 )。本種は、記載後の採集記録が非常に少ない稀な種であり、福岡県以外からの分布は確認されていませんでした。しかし、この度山口県下関市豊田町から確認されました。豊田町からは既に記載前の 1968年6月23日に田中馨氏によって本種雄1個体が採集されていましたが、その個体はクロミナミボタルと同定されていて、本種とは気づかれていませんでした。 本種はムネクリイロボタルC. ruficollisに形態が非常に似ていますが、体の全体がより黒色で、特に前胸背が真っ黒(ムネクリイロは栗色)なので容易に区別がつきます。ただ、、ムネクリイロボタルにも前胸背が黒化し、全体が黒色な個体が出現するようなので(後藤 , 1998 )、時に区別は困難となります。その場合は、雄の交尾器と触角の分岐枝の長さで区別ができます。なお、これまで、本種の雌成虫は採集されたことはありません。
  本種は、これまでの採集個体数が非常に少ないことにより、生態的な知見は皆無です。そこで、当館では、本種の生態を鋭意調査中です。


標本写真
(下関市豊田町, 2005.6.16,川野採)
雄の交尾器(スケールは0.2mm)
         川野(2006)より
クロクシヒゲボタルの触角
(下から6節〜10節)
クロクシヒゲボタルの前胸背

 雄成虫の体長は 6.28±0.55(mm±s.d., n=5) 、前胸背の長さは約1.3mm、幅は約2mm、複眼(片眼)の幅は約0.4mm(前面から計測)。腹部6節には、痕跡的に小さな発光器が一対あって、夜になると持続的な光を放ちます。光は、オオマドボタルの幼虫の発光に似ています。
  本種は、性フェロモンを主体としたコミュニケーションをとり、それの補助として光を使うと考えられています。そのため、性フェロモンを受けるために、触角が分岐し、受容面積が大きくなっています。

本種の生息地は標高 660 m付近の舗装された道路の脇の草地で、背後に樹林を控えた南西向きに開けた場所です。生息地にはヒサカキ属の一種 、アマチャ などの植物が散在し、本種の餌と思われる陸生貝類はカワモトギセル 、オカチョウジガイ 、タキガワオオベソマイマイ などが確認されています。また、本生息地周辺ではムネクリイロボタル、カタアカホタルモドキ、ヒメボタル 、オオマドボタル、オバボタルの生息が確認されています。

クロクシヒゲボタルの生息地
 

擬死するクロクシヒゲボタル♂
ムネクリイロボタル♀と交尾しようとするクロクシヒゲボタル♂(上)

 本種は、匂い(性フェロモン)を主体としたコミュニケーション・システムをとりますので、主に昼間活動しますが、補助的に光も利用できるので、夕暮れまで活動するものと考えられます。
  生息地での観察によれば、雄は、風上に触角をV字で左右にゆっくりと揺らし、雌が放つ性フェロモンを受容しようと行動しました。また、同所的にオバボタルが郡飛していましたが、これらは、頻繁に近くの草木に飛び移るのに対して、本種は、短い距離の飛び移りは行わず、長い間同じ場所で、探雌行動をしていました。
  本種が、性フェロモンを使うことは、前述しましたが、クロクシヒゲボタルの雄とムネクリイロボタルの雌を一緒に飼育していると、クロクシヒゲボタルの雄はムネクリイロボタルの雌にマウントして何度も交尾を迫ります。しかし、ムネクリイロボタルの雌がそれを受け入れることはなく、異種間交尾は行われません。このことは、クロクシヒゲボタルとムネクリイロボタルの性フェロモンが類似したものである“可能性”を示します。ただ、この室内観察の結果は、あくまで室内観察の結果であって、野外生息地で観察した場合に一致するとは限りません。ちなみに、クロクシヒゲボタルの雄成虫とオバボタルの雄成虫を一緒に飼育していると、今度はオバボタルの雄がクロクシヒゲボタルの雄に頻繁にマウントします。このことは、クロクシヒゲボタルの雄も性フェロモンのようなものを発しているのか?そして、それは、オバボタルの性フェロモンに似ているのか?などの疑問を抱かせてくれます。しかし、これも室内観察の結果なので、詳細については分からず、このことは、前述したクロクシヒゲボタルとムネクリイロボタルのマウント行動の野外生息地での一般性を揺らがせます。 


ムネクリイロボタルの雌成虫に交尾しようとするクロクシヒゲボタルの雄成虫(室内飼育容器内にて撮影)

 ※より詳しく知りたい方は当館の刊行物の内、 研究報告書、自然ガイドシリーズをご参照ください。



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