下関市豊田町とホタルと人の歴史

下関市豊田町は古くから、ホタルの名勝地として知られていました。昭和初期には、飲食店などでホタルを放つというイベントが流行ったため、ホタル採り業者がホタルを乱獲しはじめ、ホタルが急激に減少していきました。その当時の新聞によれば、「業者が水の浅い川中に入って大きな手網を振り回し、3千、4千とごっそり持ち帰る」、「乱獲によって発生中期(6月中旬)にはほとんど見られなくなった」、「地元の子供に1匹10円で買おうと勧誘する」、「ホタル見物の観光バス約50台の客たちも争って20〜30匹と持ち帰った」など、乱獲の状況が記述されています。また、それに追い討ちをかけるように河川の改修工事や生活排水の流入といった影響もホタルの減少に拍車をかける結果となったことはいうまでもないことです。このようなさまざまな要因によってホタルが減少していきましたが、それを食い止めようと町民の有志がホタルの保護活動を始めました。そして、その時から、下関市豊田町とホタルとの歴史が紡ぎ出されていきます。

 

昭和32年 木屋川ゲンジボタル発生地が天然記念物指定
昭和 36 年 木屋川ゲンジボタル研究会が組織され、調査研究が始まる
昭和 38 年

皇太子殿下が山口国体の豊田湖漕艇会場に御臨席の際、豊田東中学校で研究会が撮影したホタルの生態写真を御覧になる

昭和 39 年 ホタル増殖施設を設置する計画書を文部省に提出。
昭和41年

国、県の補助により、楢原の簡易水道水源地横に増殖施設を建設(採卵室と幼虫飼育のための人工水路)

昭和 42 年 木屋川ゲンジボタル保存会発足
昭和43年 第1回豊田のホタル祭り開催
昭和44年 全国ホタル研究同好会第2回大会を本町の西市高校で開催
昭和45年 豊田のホタル祭りで「ホタル資料館」を併設し、ゲンジボタルの昼夜逆転展示や研究成果の展示を行う
昭和47年

文化庁の補助を得て上殿敷の神上川に本格的人工河川をもつ増殖設備を配置

昭和51年 豊田町 のホタル保護の礎を作った松田義則氏永眠 享年 53 歳
昭和 53 年 豊田町 商工会青年部がホタル祭りで「豊田ふるさと館」を設置しホタルに関する資料等を展示
昭和 54 年 豊田町 商工会青年部が「豊田ふるさと館」に「ホタルのやかた」を併設し、ゲンジボタルの乱舞を演出
昭和 56 年 神上川の増殖場のふ化設備改良工事を商工会青年部が施工
昭和 58 年 木屋川ゲンジボタル保存会解散
昭和58年

西市小学校ゲンジボタル飼育研究委員会発足。西市小学校に「ホタルの家」飼育施設完成(面積 12.4u)幼虫飼育開始

平成 元年 ホタル情報員制度開始
平成3年 ホタル舟就航
平成 4年 蛍雪の功で有名な中国湖北省公安県と国際交流開始
平成13 年 第13回ほたるサミット in とよたを開催
平成14 年 (仮称)エコミュージアム建設事業着手
平成16 年 豊田ホタルの里ミュージアム開館
平成17 年 豊田町ゲンジボタル飼育研究委員会解散、とよたホタル研究委員会発足  
平成18年

第39回全国ホタル研究大会下関大会開催

平成26年

開館・合併10周年記念イベント
「下関の自然概説」


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